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羽田圭介作 スクラップ・アンド・ビルド を読んで

著者である羽田圭介さんが、自分の好きなYouTuberの動画に何度か出演した事で興味を持っていた、「スクラップ・アンド・ビルド」という作品を読んで、思ったことを書きたくなったから書いてみようと思う。無知が故の阿呆な事も書いていると思うが容赦願いたい。

「スクラップ・アンド・ビルド」と言えば芥川賞受賞作品であるが、自分にとっては純文学作品を読むのは初めての経験だった(国語の授業とかで知らない間に読んでるかもしれない)。自分が普段読む物は技術書が主で、物語は以前森見登美彦作品を読み漁っていた程度である。そのような自分の文学に対する姿勢の低さから、純文学は難しくて自分には何が書いてあるのか理解できない、といった先入観があった。 しかし実際に読んでみて、想像していた難しさとは異なる難しさがあるなと思った。 一番自分が読んでいて難しいと感じた事は、場面の転換である。今まで自分が読んできた作品は、場面転換があれば「その晩」や「次の日」など、冒頭部分で明示的に場面が切り替わった事を書いている事がほとんどだった。しかし「スクラップ・アンド・ビルド」では、ある程度読み進んでから場面が切り替わっていた事に気づく事が何度もあった。そのため、何度も同じ部分を読み返す事になり、結果的に脳内で情景がイメージしやすくなったと感じた。ただ、このような書き方が純文学特有の物なのか、羽田圭介さんの書き方なのかは分からない。この点から羽田圭介さんの他の作品を読む必要性がでてきた。また、他の純文学作品、特に芥川賞受賞作品も読む必要性を感じた。どツボにハマったのかもしれない。 また、これも他の作品と比べてみたい点ではあるが、自分が気になったものに、結果をほとんど書いていないという点がある。例えば恋愛を書いた物語では、おそらく恋愛が成就するが、最後のシーンは書かないといった事がよくあるように思う。これは読む人がそれぞれ自由に解釈できるという点でとても良いと思うが、それにしてもこの作品では書かなさすぎである。結局どうなったのか気になる事が多すぎて眠むに眠れないほどである。だが、これは純文学としてよくある事だろうなというイメージがある。なぜかはわからないが、そんなイメージがあるのだから仕方ない。他の純文学を読むのがさらに楽しみになってきた。

ここで、タイトルである「スクラップ・アンド・ビルド」という言葉について思った事を書く。まず「スクラップ」は破壊といった意味を持つ言葉だというイメージがある。次に「ビルド」は作るというようなイメージがある。これらから、作品全体を通して「何かを壊し、作る」というテーマを持った話なのだろうと思った。結果的に、このような先入観を持って作品を読み進めたのは正解だったと思う。というのも主題はおそらく、主人公の健斗が祖父を尊厳死させるべく、今までの生活を変化(破壊)するが、一方で祖父が生活を楽しみ生きようとする(作る)、といった物だと思う。しかし、この「スクラップ・アンド・ビルド」というテーマは、これだけで終わらないのである。作品の中で健斗を中心に色々な所で「スクラップ・アンド・ビルド」が繰り広げられていた。作品内にいくつかの「スクラップ・アンド・ビルド」がある事に気づけたのは、上で書いた先入観を持っていたためであり、より楽しむ事ができたと思っている。

主人公の健斗についても思った事を書きたいと思う。健斗は、フリーターであり就職活動をしている。自分はこの健斗にとても共感できた。というのも自分自身も就職活動中であり、就職活動がうまくいかない主人公に自分の姿を重ねることができてしまったためである。また、性格の面においても少し自分と重なってしまう点があった。作中で、健斗は祖父を尊厳死さすべく、生きたいという気持ちを無くすために、祖父の「自分はもう死んだらいい」と言った言葉に対して慰めを言わない。しかし、誰にもそのような説明はしていないため、主人公の姉が「そんなことはないよ」と慰める。すると健斗は、なぜそんな生きたい気持ちが湧くような言葉を言うのかと、苛立ちを感じてしまう。健斗自身の考えを共有していないのにも関わらず、自分と同様の行動を期待するのは間違っている。他にも、健斗の彼女に対する言動などからも健斗の自己中心的な性格が読み取れ、自分が今までの人生を振り返ると自覚する自己中心的な行動や発言に重なってしまった。このように、主人公に自分を重ねてしまう場面があった事から、物語に没入して読めたのかもしれない。

初めて純文学を読んだ感想は、思っていた程とっつきにくい物ではなかったなというものである。むしろ一冊読んでしまったがために、羽田圭介さんの他の作品や、他の芥川賞受賞作品を読んでしまいたくなった。 「スクラップ・アンド・ビルド」という作品自体に対する感想は、結末がはっきりしないなというものである。これは決してネガティブな感想ではなく、結末がはっきりしないからこそ、自分で色々な結末を想像する事ができてしまうというポジティブな感想である。一方で、作者の思い描く一つの結末が気になるのも確かである。

最後に、感想をこうして書いたことについて書きたい。小中学校と、夏休みの宿題で読書感想文が一番できなかった自分がなぜこんな感想を書こうと思ったのか不思議でならない。昔は1行すら書けなかった自分が2000字以上も感想を書いている現実が受け入れ難い。これが成長なのかもしれない。もしくは、「スクラップ・アンド・ビルド」を読む事で、過去の自分を壊し新たな自分を作るスクラップアンドビルドをしようとしているのかもしれない。

ちなみに「スクラップアンドビルド」という和製英語があるらしい。